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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和49年(う)64号 判決

被告人 池田恒雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(控訴の趣意と答弁)

本件控訴の趣意は、鹿屋区検察庁検察官事務取扱検事荒井三夫作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護人住友尚平作成名義の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

(当裁判所の判断)

所論は、本件現場付近の情況その他道路事情によれば、正常な平均人ならば「子供、老人を含む人が前方の道路を横断し、あるいは車両が前方で停止し若しくは横断するなど、人車が、自車の進路を横断したり遮る危険性」があり、そのため「人車との接触又は衝突による死傷事故の発生が通常予見される」ので、本件のように最高速度の制限のある危険区域を運転進行する自動車運転者の被告人としては、いつでも事故の発生を回避できるように最高制限速度を遵守して進行すべき注意義務があり、かつ被告人がその注意義務を遵守して走行しておれば、本件事故はこれを回避することができたことが明らかであるのに、原判決は予見義務の主体と予見すべき事実を誤るなどして、本件の事実関係のもとにおいては、被告人に予見可能性がないとしたうえ「本件交通事故は予期しえない被害者の異常な飛び出し行為により発生したものとしか考えられない。」と判示して、本件業務上過失傷害の公訴事実について無罪の言い渡しをしたのであるから、原判決には過失犯における注意義務の基礎となる予見義務の解釈を誤つて刑法二一一条を不当に適用しない誤りをおかした違法があるか、結果の予見が可能であつたのに不可能であつたと事実を誤認するの誤りをおかした違法があるといわなければならないのであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというものである。

そこで、所論に基づき、記録を調査すると、原判決は「刑法上の過失があるためには、まず結果発生についての客観的予見可能性があることを要する」としたうえ、自動車交通事故の場合においても「客観的予見可能性は抽象的結果発生の予見可能性ではなく、具体的構成要件的結果発生につき予見可能性があることを要するものと解される。行為者(被告人)が道路交通法(以下道交法という)に違反し、その違反行為自体が過失であるとする場合においても、右の見解と異なる見解に立つことはできない。もつとも、道交法違反の行為は一般的に過失の程度が高い場合が多いのであるが、交通法規は抽象的危険を想定するものであるから、道交法違反自体を過失とするには、その違反行為の態様が具体的危険発生の蓋然性が高く、具体的構成要件的結果発生を予見できるものでない限り刑法上の過失とはならない。」旨の見解を披瀝したのち、本件交通事故発生当時の具体的状況について必要事実を認定し、以上において認定した本件の事実関係のもとにおいては、「高速で道路を通過する自動車運転者である被告人にとつては、当時通勤時間帯で、かなり交通量も多かつた国道に、被告人の認識しえない前記三の4の事情によつて被害者のような異常な飛び出し行為をする幼児がいることを予見することは、到底できなかつたものと考えるのが相当である。」(右において前記三の4の事情というのは被害者が「野犬を恐がつて自宅に逃げ帰ろうとして、道路の左右の安全を確認しないで国道を斜めに走つて横断しようとした」という事情があつたことを指称する。)旨判示していることが認められる。そして原判決のなした以上の説示のうち前段の説示部分すなわち道路交通法(当裁判所も原判決同様以下道交法と略称する。)に違反する行為自体を業務上過失致死傷犯における過失とした場合においても、具体的構成要件的結果発生について予見可能性があることを要するものと解すべきであるとしている点については当裁判所も異論をはさむものではないが、「交通法規は抽象的危険を想定するもの」であることもまた原判決が右において説示するとおりであるから、道交法違反の行為自体を業務上過失致死傷犯における過失とした場合における結果予見義務の内容は具体的に切迫した危険が存する場合、例えば脇見運転中の加害車両の進路上に横断中の幼児がいる場合におけるそれと同様に、表現上は前記のように具体的構成要件的結果発生についての予見ということができるにしても、その具体性の程度については交通法規が前記のように抽象的危険を想定していることにともなつて、両者間に差異が生じてくるべき筈のものであると考えられる。

これを本件の公訴事実にそつて、さらに敷衍すると、本件の公訴事実は「被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四八年六月二三日午後六時二〇分ごろ普通乗用自動車を運転し、鹿屋市古江町六、九五九番地先道路上を、鹿屋市古江方面から垂水市方面に向け進行中、同所の古江寄りは公安委員会の道路標識により最高速度を毎時四〇キロメートルに制限されているので、右最高速度を遵守すべき注意義務があるのに、これを怠り、制限速度解除前から加速して時速約六〇キロメートルで進行した過失により、約二二メートル前方へ道路左側から飛出した小島一彦(当四才)に自車右側部を衝突転倒させ、よつて同児に加療約一三〇日間を要する左大腿骨複雑骨折の傷害を負わせたものである。」というものであつて、右公訴事実において被告人に科せられた過失の内容は道交法二二条一項で規定する指定最高速度違反の行為があつたというものであることが認められる。

ところで、本件の道路について、区間を限り、右のように最高速度を毎時四〇キロメートルと定めたのは、具体的な道路状況等にかんがみ、車両が規制区間内の道路を政令で定める最高速度(毎時六〇キロメートル)で走行することは危険であると判断して、車両が規制区間内の道路を運転進行中に起ることが予想される交通上の危険を類型的に想定し、これを前提として、そのような危険を防止するには規制区間内を毎時四〇キロメートルで運転進行することが必要であるという見地からその道路に適合した最高速度を定めたものと解せられる。

そして当審で取調べた司法警察員作成の捜査報告書(昭和四九年六月一一日付)に現われている告示写しによつて、本件道路につき速度規制がなされた理由と規制の状況を調べてみると、本件の規制区間(古江町古江小学校前から古江町六九三一番地先までの一八九五メートル)は屈曲が多く、歩車道の別のない国道であつて、交通量が非常に多く、人家も立ち並んでいて、非常に危険性が高いという理由で、高中速車について終日毎時四〇キロメートルの最高速度を指定したものであることが認められるので、本件道路について毎時四〇キロメートルという最高速度を指定する前提として類型的に想定した前記の交通上の危険の中には所論の指摘する前記の危険すなわち「子供、老人を含む人が前方の道路を横断し、あるいは車両が前方で停止し若しくは横断するなど、人車が、自車の進路を横断したり遮る危険性」も含まれているものであることはこれを容易に窺知することのできることである。換言すれば、本件規制区間内の道路においては、走行中の車両の進路上にいつ、どこから、どのような態様で人間や車両その他の障害物件が進出してくるか分らないという危険性があることなどを理由に、車両の運転者に対し、その危険性の認められる道路の区間を限つて指定最高速度を遵守すべき義務を科しているものであることが認められる。すなわち車両の運転者は進路上に進出してくるべき障害物件の種類のいかんが予知できなくても、またその障害物件の進出してくるべき時期、場所、態様等の予知ができなくても、障害物件が進路上に進出してくる危険性が現実に存在する以上は高速度で進行することは危険であるから、指定最高速度を守つて進行すべきであつて、若しそのようにして進行しておれば、たとえ障害物件が現実に現われてきても、その現われてきた地点が指定最高速度を守つて進行中の当該車両の制動距離よりも前方の地点である限りは、急停車するなどしてその障害物件との衝突の危険を回避することができるという趣旨において、車両の運転者に対し道交法で規定する指定最高速度遵守の義務を科しているものであることが認められる。

ところで、業務上過失致死傷犯における注意義務の内容は当該事故の発生した個々の具体的状況ごとに結果の予見可能性の存否、結果の回避措置のいかんを検討して定められるのであるから、犯人に注意義務を科するには、その前提として当該事故の具体的結果についての予見が可能であつたことが必要であり、そのことは犯人に道交法で規定する指定最高速度遵守の注意義務を科する場合においてもいいうることであつて、異るところがないことは多言を要しないことである。そして右のような見解を前提として、かつ道交法が指定最高速度遵守の義務、特に本件道路について指定最高速度遵守の義務を科している前記の趣旨をも参考にして、指定最高速度遵守の道交法上の義務自体を業務上過失致死傷犯における注意義務の内容にとりこんだ場合における結果予見義務の内容のいかんについて考察すると、道交法は、その想定した前記の類型的な危険が、いつ、いかなる場所で、いかなる態様で発生することとなるのか予断ができないにしても、またその危険発生の確率が具体的危険の切迫している前記設例のような場合よりも低いにしても、苟もその危険の発生が予想される以上は、予想される危険の種類、態様等ないしは危険発生の蓋然性の程度に応じた危険防止の措置を講ずる必要があるという趣旨において、前記のように指定最高速度遵守の義務を定めているのであるから、その類型的に予想した各種危険のうちの一つの危険が具体化して現実に人身事故が発生したとして、その犯人に指定最高速度遵守の注意義務を科する場合において、犯人に期待される結果予見義務の内容は前記趣旨ないし程度の危険の予見があればよいという趣旨のものとならざるをえないわけであり、本件の公訴事実も同旨の見地に立つているものと解さざるをえないのである。以上のような見解のもとに、本件の審理経過、証拠関係等をも参酌しながら、前記公訴事実をあらためて検討してみると、検察官は本件の事実関係のもとにおいては、被告人が被害者の飛び出し行為を認めてから被害者との衝突を回避すべき措置をとるように求めるのは酷にすぎるというよりは不可能を強いるものであると考えて、被告人が現実にその被害者を発見する以前の時点において、前記において説示したような趣旨において幼児の被害者が自車の進路上に出てくることのありうることを予測できたとして、そのことを前提に前記のように指定最高速度遵守の注意義務を科し、若し被告人がその注意義務を守つて運転進行しておれば、たとえ被害者が前記のように飛び出してきても、その飛び出してきた被害者との衝突を優に回避することができたとして、前記業務上過失傷害の公訴を提起したものと考えられる。すなわち本件公訴事実において被告人に期待された結果予見義務の内容は、本件規制区間内を走行中、いつ、どこから、どのような態様で進出してくるかは予知できないにしても、子供を含む人間が被告人車の進路上に進出する蓋然性は十分にあつたことを予知することができたというものであつて、これを前提として、右のような態様ないしは右程度の蓋然性のある危険に対処するには徐行する程の慎重な措置をとる必要はないにしても、少くとも指定最高速度を守つて進行すべき注意義務があるとしたものであり、原判決が論じているように被告人車の進路上の特定の地点ないしは場所から幼児が進出してくること、換言すれば被害者の幼児が原判示防護壁の裏側から被告人車の進路上に進出してくること、しかも急に飛び出すという態様で進出してくることの予見ができたとして、さらにはその飛び出し行為は被害者が「野犬を恐がつて自宅に逃げ帰ろうとして」なされたものであることまでの予見ができたとして、それを前提に前記のような注意義務を科しているものではないことが認められるのである。

弁護人は答弁書において、右のような一般的、抽象的な結果予見の義務が許されることになると、広い道路を進行する自動車の運転者は狭い横道から幼児が不意に飛び出すのに備えて、横道のあるごとに一時停車または徐行することを余儀なくされると主張している。しかしながら、本件において規制された区間内はその具体的な道路状況等にかんがみ幼児を含む人間が通行車両の進路上に進出してくる危険が現実に存在することが認められるので、そのような危険の存在を無視して運転進行してもよいというが如きは無謀な議論であつて、その危険発生の蓋然性の程度に応じた危険回避の措置すなわち本件のように最高速度の指定があるときは、その規制区間を指定最高速度で運転進行して幼児との衝突事故を回避すべき措置をとるべきであることは当然であつて、若し幼児の進出がより具体的にかつより切迫した状況で認められるようなときには、指定最高速度を守つて運転進行するだけでは十分でなく、場合によつては弁護人が指摘するような徐行ないし一時停止の措置をとるべきことが必要とされるに至ることのありうることはもちろんであり、そのいずれにしても常時徐行ないし一時停止の措置に出づる体勢で規制区間内を走行する必要はないのであるから、弁護人の危惧はあたらない。

そして本件の公訴事実で科されている結果予見義務の内容を右のように解すれば、被告人は本件の事故車両を購入してからでも、事故時までに、約一年間も、同自動車を運転して、通勤のため、朝、夕本件の速度規制区間内の道路を通行していたのであるから、同区間内の道路について最高速度が毎時四〇キロメートルに制限されていることを十分に知悉しており、またその区間内の道路状況についても通じていたものと思われ、現に被告人はその司法警察員に対する供述調書(昭和四八年八月三一日付)において、右の点に関し、「古江の街から垂水市堺までは、左は海岸で右側は人家が建ち並び道路幅員も狭く、まがりカーブが多いので速度も四〇キロに制限され、はみ出し禁止や駐車禁止もされています。」旨本件道路について速度規制がなされた前記の理由にそう事実があることを知悉していた趣旨の供述をし、また「そのころは丁度通勤時間帯で交通量もかなり多いので、私はよく注意しながら約四〇キロメートル位の速度で走つていました。」とも供述しているので、前記趣旨での結果の予見すなわちその規制区間内のどこから、いつ、どのような態様で進出してくるかは予知できないにしても、子供を含む人間が被告人車の進路上に進出することのありうべきことは優にこれを予知することができたものと認められるのであるから、これを前提とした指定最高速度遵守の注意義務も存在することとなるべきことは多言を要しないところであつて、原判決が前記のように「被害者のような異常な飛び出し行為をする幼児がいることを予見することは、到底できなかつた」として、被告人には指定最高速度遵守の注意義務が存在しない趣旨の判断をしたのは誤りであつたことが明らかにされたものと考える。

もつとも、本件の衝突地点は被告人の進行方向からいつて本件規制区間の終点から約六メートル余前進した地点であり、従つて本件の衝突は速度規制の解除された道路上で起きたことになることが認められるので、右のように被告人が前記趣旨での予見が可能であつたとしても、右衝突現場付近が果して現実にその予見内容に見合うような危険性があつたのかどうかなどの点が問題とされなければならない。しかしながら、証拠によると、原判決も認定判示しているように、「事故現場付近は有効幅員八・二五メートルの車歩道の区別のないアスフアルト舗装の国道二二〇号線で、」「被告人が進行した道路の右側には釣り堀と住家四、五軒があり、右住家に挾まれて農道の入口」(同入口付近の幅員が約四・三メートル)が本件の衝突地点のある国道の方に向つて設けてあつて、同入口から農家の人達が耕運機を運転して右国道上に出入りし、一方「道路の左側一帯は空き地が海岸まで続き、」その空き地が右釣り堀用の駐車場となつていたほか付近住家の子供たちの遊び場ともなつておつて、同空き地の入口すなわち被害者が飛び出してきたその入口から同空き地を駐車場ないし遊び場として利用する車両や幼児、児童等が前記国道上に出入りしていたことが認められるので、事故現場付近は子供を含む人間や車両が前記国道上を進行する車両の進路上に進出してくる危険性が現実にかつ十分にあつたことが明らかであるばかりでなく、右のように規制区間内に劣らない程の危険性が現実に存在していたのにもかかわらず、前記空き地出入口の被告人の進行方向からいつて手前側の方(前記国道の左側の海岸側にそつて設けられた原判示防護壁の末端)に速度制限解除の道路標識を設置して、その設置地点以遠の衝突地点を含む危険地域について速度規制の解除をしたのは、同所を通行する車両が法規で定められたとおりに規制区間の終点一杯まで指定最高速度を守つて運転進行しておれば、障害物件がその通行車両の制動距離の範囲内に突如として進出してきたような特別な場合は格別、そうでない限りは一応接触、衝突等の危険は防止することができるという見とおしのもとに、通行車両の加速の便宜すなわち同所は被告人車の進行方向からみてゆるやかな勾配の上り坂となつているので、通行車両がいくらかでも早い時点で加速を開始することができるように配慮するとともに若しその空き地出入口をこえた地点に規制区間の終点を設けるとなると、同所付近は前記のようにそれまでに通行してきた道路に劣らない程の危険性のある道路であり、従つて場合によつては指定最高速度を守つて運転進行するだけでは足りず、徐行ないしは急停車の措置までとることを要求されることのありうることの予想される道路であるのに、ともするとそれまで通行してきた道路と同様の道路状況がつづくものと考えて、同じ速度ないし運転体勢のままで、その危険性のある道路部分を通行しがちになり、かえつて事故を誘発しやすいということを考慮したことなどの事由によるのではないかと考えられる(ちなみに前記危険地域のうち被告人車の反対単線の側の方は被告人車の車線の側とはちがい道路標識設置の地点をいくらかずらして前記農道入口の手前側の方、これを被告人車の進行方向からいうとその農道入口の向う側の方に道路標識を設置して、同所を本件速度規制区間の始点としているので、農道入口から出入りする車両等との接触、衝突の危険は右規定の限度において防止できる措置を講じていることが認められる。)のであるが、その規制区間の終点を定めた事由のいかんの点はいずれにしても、規制区間の終点までは規制速度を守るべきであるという法規の趣旨を忠実に履行することなく、制限速度解除地点の手前の地点から加速を開始して、規制区間内を時速約六〇キロメートルで進行したことが原因となつて前記の衝突事故をひき起したものとされている本件においては、被告人に指定最高速度不遵守の過失責任があることはいうまでもないことであり、衝突地点が速度規制の解除された道路上であつたということを理由にその責任を免れることはできないのであるから、本件の衝突が前記のように速度規制の解除された道路上で起きているということは前記のように被告人に本件の結果についての予見可能性があり、かつ指定最高速度遵守の注意義務も存在したと判断することの妨げとなるものではない。

そうすると、原判決は前記のように結果予見義務の内容を説示するにあたり自己の立言した「具体的構成要件的結果」の「具体的」という用語にとらわれるの余りに、犯人に科せられた注意義務のいかんによつてその犯人に期待される結果の予見内容の具体性に差異があることの理解を欠き、その結果公訴事実において被告人に期待された結果予見義務の内容を正解しないで、公訴事実では期待していないような結果の予見義務を想定し、その想定した結果の予見が可能であつたことはこれを認めるに足りる証拠はなく、かえつてそのような予見は不可能であつたと認められると断じたうえ、不可避的な事故であつたとして、本件は罪とならないという理由のもとに被告人に無罪の言い渡しをしたことになり、従つて原判決は業務上過失致死傷犯において指定最高速度遵守の注意義務を科した場合における結果予見義務の内容、換言すれば刑法二一一条で規定する業務上過失致死傷罪の成立に必要な結果予見義務についての解釈を誤り、ひいては結果発生の予見可能性の存否の点についての事実を誤認するの誤りをおかしたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。論旨は、理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において直ちにつぎのとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四八年六月二三日午後六時二〇分頃、普通乗用自動車を運転し、鹿屋市古江町六、九五九番地先の歩車道の区別のない国道上を同市古江町方面から垂水市方面へ向けて進行中、同所附近から古江町寄りが公安委員会の道路標識により最高速度を毎時四〇キロメートルに制限されていることを知つており、かつ、子供が自車の進路上に出てくることのありうべきことを予見できたにもかかわらず、前記制限速度を遵守して進行することなく、同所付近がゆるやかな上り勾配で、しかも当時カークーラーを作動させていたところからエンジンに無理がかからないようにするため、速度制限解除地点の約一〇〇メートル余手前の地点から加速しはじめて、同規制区間内を時速約六〇キロメートルで進行した過失により、左前方約二二メートルの道路左側から馳け出してきた小島一彦(当四才)を認めて急制動の措置をとつても、同幼児の手前で停止することができないで、加速のついた自車をして横滑りさせながらその右側前部ドアーの部分を同幼児に衝突させてはね飛ばし、よつて同幼児に対し加療約一三〇日間を要する左大腿骨複雑骨折の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で、本件事故の結果がまことに大きかつたこと、速度制限解除前から加速した動機について特別に同情しうるような事情が認められないことなどの事情があることを考慮する一方、被告人と被害者の父親との間に示談が成立し、父親は被告人の厳罰を望んでいないこと、犬が被害者を追いかけたという珍しい出来事が本件の事故につながつたもので、被告人にとつてはその意味において気の毒な事故であつたということができることなど被告人に有利な事情もあるので、これらの事情をも考慮し、その他被告人の年齢、経歴、家庭の状況、環境、犯行後の情況、前科(本件の約一〇か月前に速度違反で罰金七、〇〇〇円に処せられている。)等諸般の事情をも考慮したうえ、被告人を罰金三万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により全部被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 中久喜俊世 松信尚章 笹本淳子)

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